山本義徳(やまもと よしのり)正しいウエイトトレーニングの理論と実践を学んでパワーアップ(3)

2013.11.22

アスリートのためのトレーニングプログラム

今回は山本トレーナーが、実際にアスリートたちの実践しているトレーニングプログラムについて紹介していきましょう。各エクササイズにおいて詳細な解説を加えますが、あまり馴染みがないエクササイズと思われるものには写真を添付してあります。
格闘家を含め多くのトップアスリートのパフォーマンス向上の実例編です。理論も解説してありますので是非、ウエイトトレーニグの意義の理解を深めてください。

◆下半身を特に強化したいメジャーリーガーの場合

○プログラムA
1a:フロントスクワット
1b:スナッチグリップ・デッドリフト
2:ボール・ブルガリアンスクワット
3:バンド・アブダクション
4:スターナム・チンニング
5:エクスプロッシブ・ダンベルワンハンドロウ

○プログラムB
1:チェーン・フロアプレス
2:ツーハンズ・ダンベルプルオーバー
3:ダンベル・ウィンドミル
4a:ダンベル・リストカール
4b:ダンベル・リバースリストカール
5:ドローイン・インクラインリバースクランチ
※1aと1b、4aと4bはスーパーセットで行う。

■解説:
一般的には一つのエクササイズを何セットか行い、そして次のエクササイズに移行します。しかしここでは「スーパーセット」と呼ばれるテクニックを応用した方法を紹介しましょう。
スーパーセットとは、「逆の動きをする筋肉をペアにしてエクササイズを行うこと」です。例えば上腕二頭筋のバーベルカールを1セット行ったら、次は上腕三頭筋のディップスを1セット行うのです。これで「スーパーセットを1セット」やったことになります。

スーパーセットには、次のようなメリットがあります。
1. 血流が局所に集中し、強いパンプアップを得ることができる。
2. c-fosやc-jun、IGF-1などの成長因子も局所に集中して発生する。
3. 相反神経支配により、回復が促進される。相反神経支配とは「片方の筋肉が使われているときは、逆の働きをする筋肉(拮抗筋)がリラックスする」という神経回路の作用。例えばバーベルカールをやっているときは上腕三頭筋がリラックスし、ディップスをやっているときは上腕二頭筋がリラックスする。

このプログラムにおいては、フロントスクワット(大腿四頭筋が主動筋)とスナッチグリップ・デッドリフト(ハムストリングスや大殿筋が主動筋)を組み合わせたスーパーセットを行っています。また前腕の屈筋群を狙ったダンベル・リストカールと前腕伸筋群を狙ったダンベル・リバースリストカールを組み合わせています。
プログラムにおいて重要なのは、狙いを筋力向上に絞って行うことです。即ち使用重量を1RMの90%以上で行い、レップス数は3~5程度に抑えるようにします。またインターバルは長めにとり、十分に回復させてから次のセットに移行するようにします。

またエクササイズボールを使用した種目も採り入れるようにします。特に片足で行う「ボール・ブルガリアンスクワット」は股関節のインナーマッスルを安定させ、中臀筋や深層外旋六筋群のように一般的なウェイトトレーニングでは刺激できないような筋肉群を鍛えることが可能となります。

◆突きの威力を増加させたい世界大会決勝レベル格闘家の場合

○プログラムA
1a:ディップス
1b:スターナム・チンニング
2a:エクスプロッシブ・チェーン・フロアプレス
2b:エクスプロッシブ・ダンベルワンハンドロウ
3a:インクライン・ダンベルフライ
3b:ハング・プル
4:ツィスティング・リバースクランチ

○プログラムB
1a:スクワット(ストップ&ゴー)
1b:ボール・ハムストリングスカール
2:ジャンピング・ブルガリアンスクワット
3:トップサイド・デッドリフト
4:ダンベル・ウィンドミル
5:バンド・アブダクション

■解説
上半身の筋力を増加させるために好んで行われるエクササイズの筆頭は「ベンチプレス」だと思われます。しかし競技能力を向上させるためには、エクササイズを行う際に、できるだけ多くの「モーターユニット」を動員させる必要があります。
モーターユニットとは「1本の神経と、その神経が支配している筋肉群」のことです。つまり多くのモーターユニットを動員するということは、それだけ多くの神経と筋肉を使うということになります。
多くのモーターユニットを動員させるためには、「ヘビーウェイトを扱うこと」や「爆発的な動作を行うこと」、また「フリーな状態で動作を行うこと」が必要になります。フリーな状態というのは、マシンのように軌道が決まった動作を行うのではなく、バーベルやダンベルなど軌道の安定していない動作を行うということです。

ベンチプレスの場合、上半身はベンチの上に固定され、足も地面に着いている状態で動作を行うことになります。しかしディップスの場合、固定されているのはバーを保持している両手だけであり、身体の他の部位はすべてフリーな状態となっています。
またチンニングも同様に、両手だけがバーに固定され、身体の他の部位はフリーになっています。このような状態で行うエクササイズは非常に多くのモーターユニットが動員され、数多くの神経と筋肉群を刺激することが可能となります。

ここで紹介しているエクササイズで、「エクスプロッシブ」とあるのは「爆発的な」という意味です。つまり動作をゆっくりとコントロールしながら行うのではなく、やや反動を使って勢いをつけつつ、一気にウェイトを動かすような動きで行うわけです。このようなエクササイズも、多くのモーターユニットを動員することができます。

◆柔軟性を獲得しつつ、筋力もキープしたい総合格闘家の場合

○プログラムA
1a:ネガティブ・インクラインダンベルベンチプレス
1b:ネガティブ・ダンベルワンハンドロウ
2a:ネガティブ・ツーハンズダンベルプルオーバー
2b:ネガティブ・Vバーチンニング
3: ネガティブ・ローインクラインダンベルカール
4:ネガティブ・ダンベルウィンドミル
5:ネガティブ・ツィスティング・ボールクランチ

○プログラムB
1a:ネガティブ・ワイドスタンス・フルスクワット
1b:ネガティブ・ボール・ハムストリングスカール
2:ネガティブ・ブロックデッドリフト
3:ネガティブ・シシー・スクワット
4:ダンベル・スウィング

■解説
柔軟性を得るための方法としては、「ストレッチ」が定番となっています。しかし近年の研究によると、いわゆるストレッチはむしろ筋力を低下させ、ケガの予防にも役立たず、パフォーマンスの向上には効果がないという意見が支配的になってきています。このことは末武が何度も紹介してきたことです。しかし、残念ですが、未だに静的ストレッチをアスリートへ強要するトレーナーや指導者が少なからず存在します。国内外の論文におきましても静的ストレッチの有効性は否定され疲労回復や筋肉痛の予防にも役に立ちません。エビデンスがないコンディショニングなのです。トレーナーは謙虚にこの現実を受け止め指導に当たる必要がありますし、最新の論文には目を通す努力も必要でしょう。

なぜストレッチは筋力を低下させてしまうのでしょうか。脊髄から骨格筋に至る運動神経線維には、直径の太いα繊維と、直径の細いγ繊維とがあります。そして筋肉が普通に収縮するときには、α繊維が働くと考えてください。
さて筋肉の長さは「筋紡錘」によってチェックされています。しかし筋肉が収縮して短くなると、筋紡錘もたるんでしまいます。たるんだ状態では筋肉の長さをチェックできませんから、これは問題です。
そのため、筋紡錘の中に「γ運動ニューロン」というものがあって、筋肉が短くなったときに筋紡錘がたるむのを引き締めてくれるのです。つまり筋肉が収縮するときにはα運動ニューロンが働きますが、そのとき同時にγ運動ニューロンも働くのです。
この両者が共同して働くことを「α‐γ連関」と呼び、α‐γ連関がスムーズに機能することで、筋肉が収縮します。

しかし静的ストレッチを長時間行うと、このα‐γ連関がスムーズに働かなくなり、筋力やパワーが低下してしまうのです。これは数多くの実験によって確かめられており、今ではトレーニング前の静的ストレッチは避けるようにしたほうが良いとされています。

また筋肉は長さによって筋力が変化します。静的ストレッチによって筋肉が伸ばされると、最大筋力を発揮できる筋長が変化する可能性があり、それもパフォーマンスの低下につながっている可能性があります。
では、柔軟性を獲得するにはどうすれば良いのでしょうか。そのための一つの手段として、トレーニングにおいてネガティブを意識するという方法が挙げられます。

2011年に行われたシステマティック・レビュー[1]によると、ネガティブを意識したトレーニングを行うほうが、普通にストレッチするよりも柔軟性獲得において効果があったという結果が出ています。
このレビューでは、ネガティブを意識したトレーニングによって、静的ストレッチに比べて2倍もの柔軟性が獲得できるようだとしています。筋肉は「サルコメア」という収縮単位がいくつも連なっているのですが、ネガティブトレーニングにより、サルコメアの数が増加することによって筋肉が長くなり、柔軟性が獲得できたのではないかというのが研究者たちの推論です。

スクワットの場合、股関節や足関節(足首)が固いと、下までしゃがむことができません。このような場合、股関節や足関節のストレッチをやるよりも、ある程度の重量を担いでしっかりしゃがむスクワットをやることで、だんだん深くしゃがめるようになり、柔軟性を獲得できるようになるものです。
広背筋の場合はダンベルロウイングでネガティブを意識し、上腕二頭筋の場合はインクラインカールでベンチの角度を低くして行うようにします。また大腿直筋や腸腰筋の柔軟性が欲しかったら、シシースクワットを行ったり、ハムストリングスのためにスティッフレッグドデッドリフトを行ったりなど、様々な局面で応用することが可能です。

またネガティブトレーニングは、筋衛星細胞の数も増やします。衛星細胞というのは幼若細胞で、これから筋細胞になっていくものです。昔は筋細胞の数は成人してからは増えないとされていましたが、近年になって衛星細胞の存在が発見され、筋肉も細胞数が増えることがわかってきました。
普通のトレーニングでも衛星細胞は増えるのですが、特にネガティブトレーニングによって、速筋繊維の衛星細胞が増えることが分かっています。[2]
ネガティブトレーニングを適度に採り入れて速筋繊維を増やしていけば、さらに筋肉を強化する速度が早まるものと思われます。

[1]
The effects of eccentric training on lower limb flexibility: a systematic review.
Br J Sports Med. 2012 Sep;46(12):838-45. doi: 10.1136/bjsports-2011-090835. Epub 2012 Apr 20.

[2]
Eccentric Exercise Increases Satellite Cell Content in Type II Muscle Fibers
Med Sci Sports Exerc. 2013 Feb;45(2):230-7. doi: 10.1249/MS

山本義徳(やまもと よしのり)

1969年3月25日生まれ。早稲田大学政治経済学部卒業。

◆ボディビル歴
・1991年東京都パワーリフティング大会優勝
・オッシュマンズベンチプレス大会15回連続優勝(最高記録250kg)
・1994年東京都ボディビル選手権優勝
・1995年アジアボディビル選手権3位(ライトヘビー級)
・1998年NPCアイアンマン・アイアンメイデン(ボディビルの全米大会)ライトヘビー級にて日本人初の優勝
・2005年NPCトーナメント・オブ・チャンピオンズ ヘビー級にて日本人初の優勝

◆著書
・体脂肪を減らして筋肉をつけるトレーニング(永岡書店)
・「腹」を鍛えると(辰巳出版)
・サプリメント百科事典(辰巳出版)
・かっこいいカラダ(ベースボール出版)
など30冊以上

◆指導歴
1992年~1996年:池袋ユニコーンにて日本ボディビル連盟指導員として
1997年よりパーソナルトレーナーとして独立。

◆指導実績
・鹿島建設(アメフトXリーグ日本一となる)
・五洋建設(アメフトXリーグ昇格)
・ニコラス・ペタス(極真空手世界大会5位)
・ディーン元気(やり投げ、オリンピック日本代表)
・清水隆行(野球、セリーグ最多安打タイ記録)
その他ダルビッシュ有(野球)、松坂大輔(野球)、皆川賢太郎(アルペンスキー)、CIMA(プロレス)などを指導。